【10月22日マッチデープログラム】 KUFC MATCHDAY PROGRAM 2023 vol.17
鹿児島ユナイテッドFCのマッチデープログラム電子版。
今回は10月22日に行われる2023明治安田生命J3リーグ第32節、鹿児島ユナイテッドFC vs いわてグルージャ盛岡のマッチデープログラムです。
日程表・順位表・テキスト速報
前回までの振り返り
2023年10月1日(日)2023明治安田生命J3リーグ第29節
vs Y.S.C.C.横浜 会場:白波スタジアム(鹿児島県立鴨池陸上競技場)
首位、愛媛FCとの対戦に勝利して迎えた第29節、ホームでのY.S.C.C.横浜戦。
鹿児島は序盤から右サイドを起点にチャンスを作る。
13分、岡本將成のパスを中盤で受けた藤本憲明が前線へボールを運び、右サイドへ展開。
五領淳樹が中に入り込みながら、ゴール前へ走る米澤令衣の先へボールを送り、そのままゴール。
15分も五領がペナルティエリア内に送ったボールを端戸仁が正確なトラップからシュートまで持ち込むがGKが防ぐ。
21分、YS陣内のパスワークからPKを奪取。
米澤が左側に決めてリードを広げる。
35分、右サイドを抜けた五領が左足のアウトサイドで上げたクロスを、ニアサイドに飛び出した藤本が頭で合わせて3点目を決める。
後半に入ってYSはかつて鹿児島で活躍した萱沼優聖たちを中心にゴールへ押し寄せるが、リーグ戦出場2試合目のGK泉森涼太、キャプテン広瀬健太たちを中心にゴールを与えない。
鹿児島も追加点には至らないが、途中出場の山本駿亮を中心にチャンスを作り続ける。
そのまま3−0で勝利を飾った。
2023年10月5日(木)2023明治安田生命J3リーグ第30節
vs FC大阪 会場:東大阪市花園ラグビー場(大阪府東大阪市)
前節から中3日で迎えたラグビーの聖地、花園でのアウェイFC大阪戦。
10分、FC大阪が打ったシュートはGK泉森涼太が対応する。
12分、出場停止の五領淳樹に代わって右サイドに入った武星弥の落としから、星広太、武、山口卓己とつないでゴール前にボールを入れるが藤本のヘッドはわずかに外れる。
17分、中原秀人のパスを左サイドで受けた野嶽寛也がじっくり中をうかがってゴール前に入れたクロスを藤本が逆サイドに流し込んで鹿児島が先制する。
鹿児島はしっかりとしたパス回しから、落ち着いた攻撃で前半をリードして折り返す。
50分、右サイドの突破から星が入れたボールを藤本が頭で合わせる。
51分、FC大阪陣内でボールをキープした端戸仁から、中央へ落としたボールを中原秀人が強烈かつ正確なミドルシュートで合わせて追加点。
60分、直接FKに合わせた藤本のヘッドはGKがセーブする。
64分、FC大阪が右サイドから入れたクロスを逆サイドで合わされて1点を返される。
直後の66分、FC大阪陣内に押し込んでボールを受けた山口がドリブルから打ったシュートはわずかに枠の外を通過する。
81分、ペナルティエリア前の木村から左サイドの米澤令衣へ。
米澤がゴール前に蹴ったボールはそのまま逆サイドのネットに包まれた。
3-1。
鹿児島は集中した守備を続ける。
しかし92分、ゴール前に入ったボールを処理しようとしたところを奪われ、再び1点差にされる。
最後まで緊迫したゲームは3-2で鹿児島が勝利した。
2023年10月15日(日)2023明治安田生命J3リーグ第31節
vs ヴァンラーレ八戸 会場:プライフーズスタジアム(青森県八戸市)
前節から10日を空けてアウェイで行われたヴァンラーレ八戸戦。
5分、コーナーキックのこぼれ球から中原秀人が入れたボールを藤本憲明が合わせるがオフサイド。
21分、八戸が右サイドから左サイドへと大きく展開して入れたクロスボールでチャンスを作られる。
24分、八戸のロングボールから戸根一誓との1対1を抜け出され、そのままゴールを決められる。
八戸の守備網に苦しむ鹿児島は40分、岡本將成の縦パスから野嶽寛也、藤本、端戸仁とつなぐがシュートは外れる。
47分、木村祐志のフリーキックを粘り強くつないで最後は藤本が合わせるが、ジャストミートしない。
53分、右から星広太が入れたクロスがこぼれたところを野嶽が強烈なボレーで合わせるが、外れる。
59分、コーナーキックを合わされてリードが2点に広がる。
鹿児島は次々と選手を入れ替えてゴールを狙う。
80分、コーナーキックのこぼれ球を中原が拾い、山本駿亮が八戸守備陣に囲まれたわずかな隙間を通すシュートで1点を返す。
さらに鈴木翔大へのロングボールなどでチャンスを作ろうとするが、次のゴールが奪えず1−2で敗戦した。
大島康明 監督コメント(10月18日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
9月の月間優秀監督の受賞について
これは実際にチームが取ったものだと思います。
選手たちがしっかりとしたトレーニングを積んで、クラブ、スポンサー、サポーターの方々、スタッフが後押ししてくれたものを代表して自分が受け取ったと認識しています。
すべての人に感謝して、これからも目標に向かっていきたいです。
直近2試合の複数失点について
流れの中での失点の傾向が偏っていません。
修正をかけて選手たちがそれをできるようにしても、FC大阪戦では人数はそろっているけれどクロスを上げられて失点しました。
八戸戦では一本のカウンターで、戦術的には整っているのですが、ひとつ持っていかれてしまいました。
失点の個別の場面を引き抜いていった時に、傾向が似ていないものをどう修正していくかです。
そこで、より自分たちの組織を強固にしながら、個人の能力で持っていかれた時に自分たちはどうカバーするのかをより強固にする必要があります。
その中では先制点がひとつの鍵になってきます。
たとえば八戸のような相手であれば、自分たちが先に取れば全然変わった展開になります。
前線(藤本憲明、米澤令衣たち)の得点力について
前の選手が取れるように11人がしっかり共有するものができているからこそ、多くのチャンスが作れていて、彼らが得点できています。
ただ私たちは攻守両面、チーム全員で作っています。
前の選手がゴールを取るに越したことはありませんが、誰が取ってもチームのゴールだと思います。
岩手戦の展望
いかに自分たちが失点をしない中で、勇気をもってゴールに迫って先制点を取れるかが鍵になります。
これをどう実行するかは自分たちの課題です。
現在の雰囲気
練習を観に来られたサポーターやメディアの皆さまが感じたままを発信していただけたら、おそらく自分と同じ感覚になると思います。
誰一人、後ろに引っ張られていないと感じます。
ただこれは勝敗とは別の話なので、次を必ず取りに行く活気やメンタリティが感じられました。
まとまっていると思います。
スタッフも、選手も、クラブも、メディアも、サポーターも、ここからの鹿児島が良いものになるようにというまとまりは感じているので、より良くしていきたいです。
山本駿亮 選手コメント(10月18日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
今日は、監督がミーティングで言っていた球際でシュートを打ち切ること、シュートを守り切るところをベースに練習しました。
八戸戦のゴールについて
ああいう2点を追いかける状況で点を取ることが大事です。
けれど、もちろん1点取れたことは嬉しかったですが、もう1点2点、引き分けや逆転に持っていくためのゴールを取れたのではないかという後悔のほうが大きかったです。
トップ下での起用について
9番というポジションにこだわりはありましたし、もちろん最初言われた時は悔しい想いはありました。
でも色々なポジションをやることで、メンバーに入って、試合に出られていることはプロとしてうれしいことです。
プライドは捨ててチームのために何ができるかは認識できています。
今もトップ下で(端戸)仁さんや(ロメロ)フランクさんとできることは、自分のレベルアップにもつながるのでいいことだと思います。
9番の時はなかなかボールにさわれず、ペナルティーエリア内で仕事をすることが大事でしたが、トップ下ではビルドアップに関わることが多くなりました。
今は仁さんを参考にしていて、サイドバックが中に入ることで、自分たちが外でビルドアップで形を作ることは今とても大切なので、そこに自分も関わっていくことができていると思います。
岩手戦に向けて
やっぱり昇格や優勝に向けて連敗はできません
ここからは絶対に負けられない思いで闘うだけです。
僕はシーズン前半はサイドハーフをやることが多くて、今はトップ下で、どちらのポジションでも5バック相手に戦うことはありましたが、サイドばかりにボールが行っていると中が崩せません。
と言って中を狙い続けるとカウンターの起点になってしまうので、そこの使い分けはすごく大事になります。
サイドを使いながら、ポケット(ペナルティエリア脇)に侵入することが大事になります。
また前節みたいに僕のゴールのように、どんどん打っていくことです。
試合の入りから前線含めて、チーム全体でゴールに向かっていくことが大事になります。
戸根一誓 選手コメント(10月18日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
八戸戦は負けましたが、気持ちを切り替えて全員でトレーニングができています。
僕のミスで負けて、最初は落ち込んでいましたが、最終の目標は優勝と昇格なのでいちいち落ち込んでいても意味がありません。
最後それを達成できればいいので、みんなその気持でやれています。
守備陣として
2失点ずつしていますが、大島さんが監督になって守備が整備されて、コンパクトにアグレッシブに守備ができています。
直近の失点はセットプレーと僕のミスです。
それは個人で直せるところで、それ以外の組織のところはいいと思います。
個人として何かを大きく変えるのは難しいですが、細かいところで集中することです。
集中していないわけではないのですが、映像を観ていたらもっと正しい判断はできたと思うので、それを見極めてその時ベストのプレーをしたいです。
これからのリーグ戦に向けて
ここから1試合1試合です。
優勝と昇格を目指していますが、結局1試合1試合を勝たないとたどり着けません。
先のことを考えるのではなく、今は岩手戦に100%集中することが大事です。
試合に出るメンバーが固定されていて、出られない選手が分かってくると、雰囲気が悪くなりやすくなります。
そうなってくるとチームはうまくいかなくなります。
出ている選手よりも、出ていない選手、ベンチの選手が重要になってきます。
なかなか伝わらないことですが、鹿児島は今年ずっと試合に出られていない選手もしっかりやってくれているから、今の結果なのだと感じます。
僕のポジションにはウェズ(ウェズレイ)や(広瀬)健太、ホリ(堀江貴大)がいて、いいプレーをずっとしています。
今試合に出ているから次も出れるとは思っていません。
ずっと競争の中にいる感じがするので、手を抜けないです。
それが大事なことで、いい関係でやれていると思います。
コラム「鹿児島をもっとひとつに。vol.17(Total vol.29)」
鹿児島の知的障がい者サッカーを牽引してきた優しく温かい情熱
10月28日から開催される「燃ゆる感動かごしま大会」。
知的障がい者サッカー競技の鹿児島県代表で、キャプテンを務めてきたのが原良田龍彦(はらだ たつひこ)選手です。
愛称は「タツ」。
サイドでボールを受けると、左利きを活かしたドリブルからチャンスを作り、みずからも積極的にゴールを狙っていきます。
年齢はまだ23歳。
しかし日本代表の一員として、そしてフューチャーズのキャプテンとして、鹿児島の知的障がい者サッカーの発展を語るにあたって、原良田選手の存在を欠くことはできません。
雨上がりで風が強い指宿市山川のヘルシーランド多目的グラウンドでの合宿を訪問すると、みんながジャージなどを着込むなか「寒いですかね?」と笑いながら半袖の原良田選手は、これまでの歩みをお話してくれました。
若き牽引者の熱く温かく優しい想いに、今回はふれてください。
サッカーとの出会い、仲間との出会い
原良田選手は伊佐市大口の生まれ。
地元にサッカー少年団はありましたが、最初やっていたのは空手。
それが小学4年生の時に、昼休みにサッカーをしているうちに友達から、少年団に誘われるようになります。
「親が“空手は個人でするからいい”って言っていたんですけど、サッカーはチームスポーツなので自分がちゃんとやっていけるのか、すごく反対されたんです。でもその時の少年団の監督さんがちょうどお父さんと知り合いなんですけど、“障がいなんか関係ない。本人がやりたいんだったらやらせてくれないか”って言ってくださったので」
こうしてサッカーをはじめた原良田選手でしたが、何事もなく試合に出て、6年生になる頃には左利きを活かしてサイドからチームの起点になって、と活躍するようになります。
中学校でもそのままサッカー部で、みんなと変わることなく3年間プレーしました。
そして進路を決める段階で、運命が動き始めます。
「ちょうど障がい者スポーツのことがたまたま新聞に載っていて、先生から“日本代表を目指してみたら?”と言われて、それから知的障がい者サッカーに入った感じです」
ユナイテッドの前身ヴォルカ鹿児島で活躍した西眞一さんが知的障がい者サッカー日本代表のコーチとして、ブラジルで行われた世界選手権、通称「もうひとつのW杯」に参加していたころのこと。
日本代表という明確な目標を描いた原良田選手は、サッカー部のある鹿児島高等特別支援学校への進学を決めます。
「サッカーをして、就職するためにもがんばりました」
世界を目指した、世界の舞台で闘った
2018年にスウェーデンで行われる世界選手権に向けた日本代表監督に、西眞一さんが就任して、代表コーチには鹿児島の特別支援学校で働く元ヴォルカ鹿児島の泉谷光紀さんが選ばれました。
そして2017年から、高校3年生になった原良田選手は代表合宿に呼ばれるようになります。
「そこ(日本代表)をめざしてやってきたんですけど、いつの間にか、トントン拍子でした。でもいざ最初に代表入りって言われた時は不安もありましたけど、でも選ばれたからにはちゃんとそこに来るまでに色んな人の支えがあってサッカーができているわけで、色々な感謝の気持ちがあったので、もうあとは全力でやるだけだって思ってやりました」
高校を卒業してからは特別養護老人ホームで働きながら、サッカーを続ける原良田選手。
合宿を経て、世界選手権の最終メンバーに残りました。
「でもその段階で結局自分も呼ばれると思っていなかったんですよ。チームの中でも結構ギリギリで、ベンチにも入れるか入れるかも分からなくて呼ばれてって感じだったので。でもチャンスがあれば絶対に結果を残そうって思いました」
西監督のもと、はじめて経験する世界の舞台。
実質8カ国で行われた大会で順位決定戦を含めて5試合を戦い、日本は6位。
最後5位6位決定戦となるロシア戦では、リードを許した延長終了間際に同点ゴールを決めました。
国際舞台でのゴール。
もちろんその嬉しさはありましたが、それ以上に残ったのは悔しさだったようです。
「レベル、高かったです。パワーとか速さとか技術とか。通用してないところが多かったと思います」
原良田選手が得点したロシア戦のハイライト映像や、西監督たちによる丁寧なレポートが公開されていますので、ぜひそちらもご覧下さい。
新しいチームのキャプテンとして
世界の舞台を終えて帰ってきた原良田選手がやがて受け取ったのが「鹿児島ユナイテッドFCの知的障がい者サッカーチームが創設される」というお知らせでした。
当時鹿児島には学校以外に知的障がい者が日常的にサッカーをできる場はなく、障害者スポーツ大会に向けた選抜チームなどが活動しているだけでした。
その状況を変えたいという日本代表監督でもある西さんたちの想いと、鹿児島ユナイテッドFCとの想いが合致して、2019年から「鹿児島ユナイテッドFCフューチャーズ」が発足することになりました。
それは原良田選手にとって純粋にうれしいものでした。
「練習や試合でユナイテッドのエンブレムが入ったユニフォームを着るっていうのは、すごく嬉しかったですよ」
チームとしても毎週金曜日の夜に全体練習、週末は公式戦や練習試合ができる環境。
左胸には鹿児島のプロサッカークラブの一員であることを示すエンブレム。
まだ10代の原良田選手が、初代キャプテンとなります。
しかし、すべてが一気に変わったわけではなく、練習にはなかなかメンバーがそろいません。
健常者の鹿児島県リーグである「さつま揚げの薩摩家カップ KFA社会人サッカーリーグ」でも実戦経験を積み重ねていきますが、二桁失点を喫するなど結果が出ません。
指導者たちが選手兼コーチとして社会人リーグのピッチに立ち、プレーで牽引することで少しずつ戦況は好転していきますが、ピッチ内外ですべての進歩は少しずつ少しずつ。
「(キャプテンは)難しいです。みんなが落ち込んでいる時とか、自分も感情をコントロールするのは難しかったりして。なかなかこう思うようにチームを前向きにしたりとか、難しいです。今でもそうですけど。勝てない時も、チームのことだったら、もっとこうすれば良かったとか試合後に思ったりして」
それでも選手たちはひたむきに前向きにサッカーに取り組むようになっていきます。
毎週トレーニングがあって、週末に試合があることで選手たちは1週間の生活にリズムが出てきて、それぞれの仕事や学業にも良い影響が出てきていました。
さらに西総監督や泉谷監督たちが丁寧にピッチの上でサッカーの技術や戦術を教えて、ピッチを離れたところでも「自律(自立)した社会人になる」という理念に基づいて粘り強く指導し続けることで誰もが選手として人間として成長を遂げていきました。
鹿児島ユナイテッドFCとなったことで2019年10月20日、初のJクラブ知的障がい者サッカーチーム同士として横浜F・マリノス「フトゥーロ」と、ホームゲーム前に交流試合を実施。
原良田選手もゴールという結果を残します。
そして2019年12月7日、横浜F・マリノスがJ1優勝を決めた最終戦の前座試合では、フトゥーロとの交流試合が行われました。
「緊張しましたよ。ものすごく大きなスタジアムで、お客さんもたくさん入っていて」
プロでも平常心ではいられないような場所で、貴重な経験となりました。
2020年から世界はコロナ禍になり、鹿児島で予定されていた特別全国障害者スポーツ大会は3年後に延期されましたが、フューチャーズの選手たちは前向きにサッカーに取り組み続けます。
2022年の世界選手権に向けた代表合宿に原良田選手は選ばれ続け、他にもフューチャーズから選ばれる選手たちが出てきました。
県5部リーグでは上位そして昇格を狙えるようになり、知的障がい者の大会へ遠征した際にも上位の結果を残し続けます。
原良田選手はプレーの面でも徐々にまわりを支える側になり、4年前より成熟した選手として、ずっと目指していた「世界に再挑戦」の舞台はもうすぐそこ、のはずでした。
幻となった2022世界選手権を経て
2022年6月、フランスで予定されていた世界選手権。
フューチャーズからは原良田選手のほかに、GKの原田康汰選手とMFの福原碧人選手が代表入りを果たしました。
ところがコロナ禍と世界情勢の影響により、世界選手権そのものが中止となってしまったのです。
4年に一度の大会がなくなり、その代替えとして開催予定地フランスへの遠征と、フランス代表との2試合の国際親善マッチが決定しました。
2試合を通してフューチャーズと共通する「全員攻撃・全員守備」を掲げる日本代表が強豪国とどのように闘ったのかは、西監督のレポートとYouTubeに残されている公式映像をご覧下さい。
この2試合、チームメイトの原田選手と福原選手はスタメンで出場した一方で、原良田選手は終了間際に出場するにとどまりました。
「(世界選手権が中止になったことは)悔しかったです。でもなんか自分的にはコンディションが悪くてなんか挫折したというか、気持ちもどうしたらいいのか、なかなかうまくいかなくて悩んでいましたね。チームでもいい感じでプレーできなくて、自分のプレーってどんなプレーだったっけ?みたいな感じで」
この時期、原良田選手はポジションをサイドバックに変え、後方からチーム全体のバランスを見ながら攻撃もサポートする役割を担うようになっていました。
技術、脚力、戦術理解に秀でた原良田選手はしっかりと役割を果たしている一方で「なんか昔のほうがもっと生き生きしていたんじゃないかなとか。でもまあそれは比べても仕方ないよなって、ポジションも違うし」と逡巡するところはありました。
キャプテンとして、1人の選手として、人一倍悩みもがきながら、それでも原良田選手は前へ進み続けています。
そして2023年10月28日から、霧島市国分運動公園で「燃ゆる感動かごしま大会」の知的障がい者サッカー競技が行われます。
「地元なのでやっぱりこう特別な想いはあります。家族とか知っている人たちも見に来るかもしれないですし、しっかり恩返ししたいです」
初戦は北海道・東北を代表する札幌市、準決勝は5連覇中の絶対王者としてシードされた関東代表の東京都。
道のりは険しいものですが「目指すは優勝ですよね」と言い切りました。
好きなサッカー、楽しいサッカーだからこそ、自分のためにも
原良田選手は4年間務めた前職から「ひとつの区切りだし新しい挑戦をしたかったから」と、仕事を変えました。
平日の午前は女子サッカー「ミゴカリッサ鹿児島」といっしょに自主トレーニング、時にはフューチャーズスタッフの石下谷剛さんのもとでトレーニング。
午後3時から12時まで田上にある「鹿児島温泉時之栖」の職場で、番台の受付をしたり、大浴場や家族風呂の掃除をして。
部屋に帰って、寝て、起きて、また練習で週末はフューチャーズの活動。
その繰り返し。
33歳にしてなお現役を続けるチームメイトの笹原選手といっしょに。
さすがに疲れが溜まっている時は「仕事休むわけにはいかないので」と自主トレは休みますが、その基準は明確で、まさにフューチャーズが目指す「自律した社会人」そのものです。
そして全国大会が終わった後は「鹿児島温泉時之栖」と同じ系列のスポーツ事業部へ異動することが決まっています。
幼稚園や療育施設など様々な場所で、サッカーを中心にした指導者の、まずは補助スタッフから始めることになります。
その進路には子どもの頃から親しんできたサッカーへの想いが詰まっていました。
小学生の時、空手をやっている時はあんまり友達って少なくて、サッカー少年団に入ってからはチームメイトとかいて、同級生先輩後輩もいて、そこで仲良くなったりとか、そういう人との関わりが増えてきたので。
サッカーをすることによって色んな人と仲良くなったりしてすごい楽しくて、それが結果、今も続いて、将来こういう仕事をしたいっていうのがあります。
そのきっかけがお世話になった指導者に出会ったっていうのもあるので、サッカーの指導者になりたい気持ちがあります。
良い指導者たちとの良い出会いが、1人の選手を人間としても育ててくれて、やがて指導者を志す想いへとつながっていく。
まさに日本サッカーの発展の歴史に通じる流れです。
現在、23歳。
もちろん次の世界選手権を目指す気持ちは強いものがありますし、笹原選手のように末永く選手として続けていたいという想いもあります。
鹿児島ユナイテッドFCフューチャーズは5年目を迎えました。
今では多くの若者が所属していて、選手としても人としても成長し続ける姿を見ることができます。
若き知的障がい者サッカー選手たちにとって「鹿児島ユナイテッドFC」という明確に目指すものができたことで、日本代表すらも現実に手が届く存在となっています。
フューチャーズはピッチ内外で偉大な成果を挙げてきました。
この成果は日本代表経験者として、1人の選手として、キャプテンとしてピッチ内外でみんなを牽引してきた、原良田龍彦という選手を抜きに語ることはできません。
来週から彼らの全国大会が行われますが「障がい者のサッカーってどんなものなんだろう」という想い(ある意味の好奇心)はきっと裏切られるはずです。
あまりにも「普通」にサッカーだから。
障がい者サッカーにも電動車いすやブラインドなど様々な種目があり、特徴がありますが、知的障がい者サッカーは、言われなければ、あるいは言われても分からないほど「普通」にサッカーをしている姿が見られます。
試合以外の場面でも選手たちはきびきびと動き、ベンチの選手たちも各々の役割を果たそうとしています。
普段ユナイテッドのエンブレムを胸にプレーする選手たちが、鹿児島県代表としてプレーするひたむきな姿をぜひご覧下さい。
彼らの姿を見ていると、皮肉にも時には強固な障壁を築いているようにも映る「障がい者と健常者」という区分けとは何なのか?ということまで思わず考えてしまう人もいることでしょう。
後進の指導という道に進もうとしている原良田選手はその象徴かもしれません。
ところで。
原良田選手についてどうしても気になることがありました。
プレーでの悩みも影響しているのかもしれませんが、地元開催の全国大会を、馴染みある友達や家族の前で闘える喜びや昂り以上に印象的なのは、牽引者としての重圧でした。
最近は代表の強化合宿に選ばれないこともあり、迷いを抱えているようにも見えました。
うまくいかない時でも簡単に諦めたり、誰かのせいにするのではなく、自分に矢印を向け続け「自分がなんとかしなければ」「でもどうすればいいのか」と、もがいて悩み抜く性格でもあります。
けれど、小学生の時にサッカーと出会い、楽しくて楽しくて、好きで好きでたまらず今でも続けているサッカーなのだからこそ、これからもサッカーを好きでいて欲しい。
サッカーを楽しんで欲しい。
チームのために、みんなのためにという責任感を置き去りにすることは絶対にない原良田選手だからこそ、あえて。
誰のためでもなく、自分のために。
そんな気持ちも忘れずにサッカーを続けていって欲しいと願ってやみません。
何より指導者も、チームメイトも、応援する誰もが「チームスポーツとしてのサッカーを全力で楽しむ」原良田選手であって欲しいはずです。
お話が終わって、原良田選手からメッセージが届きました。
チームのこともですけど、自分がサッカーを楽しまなきゃですもんね!
自分を信じて、サッカーを楽しんで、優勝を掴みに行きます!
大会を控えたトレーニングマッチ。
ペナルティエリア内でボールを受けると、ドリブルでひとりかわして、そのまま角度のないところから鮮やかなシュートを決める姿がありました。
タツくん、これからもたくさん全力でサッカーと人生を楽しんで下さい!
ユナイテッドファミリーとして応援しています!
「燃ゆる感動かごしま大会」知的障がい者サッカー競技スケジュール
1回戦
日時/10月28日(土)11:05
対戦相手/札幌市(北海道・東北代表)
会場/国分運動公園 陸上競技場
準決勝
日時/10月29日(日)12:05
対戦相手/東京都(関東代表)
会場/国分運動公園 陸上競技場
決勝・3位決定戦
日時/10月30日(月)9:40
会場/決勝は陸上競技場、3位決定戦は多目的広場
1回戦で敗退した場合、10月29日(日)は交流戦となります。