トップチームが知覧特攻平和会館を訪れました
3月12日、トップチームの村主博正監督、嵯峨理久選手、山田裕翔選手、千布一輝選手、有田稜選手、吉尾虹樹選手、村松航太選手、川上康平選手、江川慶城選手、三品直哉選手、中山桂吾選手、チームスタッフが南九州市にある知覧特攻平和会館を訪れました。
今回の訪問は「自分たちがこの街で戦うルーツ、理由を知る」という趣旨で実施しました。
※今回の訪問に際して施設の許可をいただき、注意事項にのっとったうえで写真と動画の撮影を行っております。


まずは語り部の方より太平洋戦争において特攻作戦と、それに従事する特攻隊がどのようにはじまったのかからお話いただきました。
続いて、日本各地からその特攻隊員がどのような人たちだったのか、どのような想いで知覧で生活していたか、そしてどのような想いを遺して飛び立って行ったのかをお話しいただきました。


語り部のお話を踏まえて監督、選手たちはそれぞれの想いとともに、展示室にて特攻隊員の遺書や遺品、日記などに目を通していました。
改めて関係者の皆さまにお礼申し上げます。







知覧特攻平和会館を訪れての感想
監督、選手、スタッフがそれぞれに「直感:心に深く刻まれたもの」「比較:20歳の自分と当時の自分」「覚悟:鹿児島を背負う理由」「表現:ピッチで見せる姿」というテーマで感想を記しました。
感想文から1テーマずつ抜粋してご紹介いたします。
村主博正 監督
直感:心に深く刻まれたもの
語り部さんからの言葉「特攻隊員の覚悟は教育の成果である」
本来はそのような教育はあってはならぬ。
若い子たちが家族、国の為にと自分の意志ではない死を選ばなければいけない事への怒りがある。
覚悟:鹿児島を背負う理由
今の日本の平和があるのはご先祖様が全力で生きてきた証です。
鹿児島ユナイテッドFCも同様、今を全力で生きていく事が未来へつながります。
今まで全力で繋いで頂いた人への感謝、そしてこれから繋いでいく使命感を強く感じた。
嵯峨理久 選手
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
今の時代、日本は恵まれていて、サッカーが日々できる環境があることに感謝してピッチに立とうと想った。
山田裕翔 選手
覚悟:鹿児島を背負う理由
今も当時の経験をされている方が、ここ鹿児島にもいらしているので、その方にもプレーを通して表現していきたいと思いました。
千布一輝 選手
表現:ピッチで見せる姿
自分が思っている想いの責任、感謝をプレーで人に伝わるように魂を込めて
有田稜 選手
覚悟:鹿児島を背負う理由
沢山の方のおかげで今の日本があり、あたりまえにサッカーができていること、エンブレムを背負って戦えることに改めて強い覚悟をもちました
吉尾虹樹 選手
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
当時の隊員と今の自分とでは状況もそうだし、死ととなり併せで生活をする経験もしたことがないので、なかなか比較するのは難しい。
唯自分の周りの人々や支えてくれる方々のことは大切にしようと強く想った。
村松航太 選手
直感:心に深く刻まれたもの
今まで長崎にいたときに資料館に行き、旅行では広島のドームへ、また今年103歳のひいばあちゃんに昔話を聞いたこともあった。
どれも心にくるものがあった。特攻隊の方々の遺書や手紙にあったように、日本という国にプライドを持ち、そして大切な人のために戦いに行く姿を想像すると、辛さや尊敬などの感情があふれる。
川上康平 選手
表現:ピッチで見せる姿
人の為に戦うということは自分たちにも似たような感覚
応援されている気持ちにこたえないといけないと思う
江川慶城 選手
表現:ピッチで見せる姿
全力で最後まで戦う。
倒れない。
立ち向かい続ける姿勢を示し続けたい。
三品直哉 選手
直感:心に深く刻まれたもの
特攻隊として次の日飛び立つ5人組が笑顔で写真を撮っている姿を見て、本当に国を背負って闘うすごい方達なのだと感じた。
今後日本の平和を願って闘ってくれた方々がいることを忘れずに1日1日を大切に、かみしめて生きていきたいと感じた。
中山圭吾 選手
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
今の日常がいかに幸せかということを改めて実感しました。
同じ20歳でも時代が違うと夢も目標も自分のしたいこともできない。
戦争はすごく良くないことだと、改めてサッカーできていることがすごく恵まれていると感じました。
小林亮 ヘッドコーチ
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
穴澤利夫大尉の婚約者であった智恵子さんへのラブレターの一節にある
アタナは今後の一時一時の現実の中に活きるのだ。穴澤は現実の世界にはもう存在しない。
会いたい、話したい、無性に。
改めて家族への想い、妻への想いがこみ上げてきたと共に、一緒にいられる幸せを大切にしていこうと感じた。
宮寺哲平 コーチ
覚悟:鹿児島を背負う理由
改めて「鹿児島をもっとひとつに。」
そのために自分のできることをすべて。
柳崎祥兵 コーチ
表現:ピッチで見せる姿
一生懸命な姿、感謝の気持ちを持って戦いたい!
豊島幸一 GKコーチ
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
時代が違うとはいえ、日常が当たり前では無い。
𠮷川僚佑 アナリスト
覚悟:鹿児島を背負う理由
同じ若者がそれぞれの覚悟を胸に飛びだったことを知り、「戦う」という言葉の意味を深く考えさせられました。
エンブレムを胸に戦うということが単に試合に勝つためだけではなく、この地域の歴史や人々の想いも背負っているのだということを改めて感じました。
中塚健太 マネージャー
比較:「20歳の自分」と「当時の20歳」
当時は娯楽等もない時代で、明日自分が死ぬかもしれないという不安を持ちながら日々を生きていたと思う。
本当に自分がなりたい職業も慣れないし、口にも出せずに過ごしてきたと思うと
今自分が好きな事を仕事に出来ていることは幸せな事だと感じました。
遠入義樹 マネージャー
直感:心に深く刻まれたもの
藤田文六少尉「心は正しく清く朗らかで有ります。にっこりと笑って死んで征きます」
自分の私利私欲(生きたいすらなく)はなく、お国のため、両親、親族のために自らの命を捧げることに覚悟を決めていることに心痛した。
