【11月5日マッチデープログラム】 KUFC MATCHDAY PROGRAM 2023 vol.18
鹿児島ユナイテッドFCのマッチデープログラム電子版。
今回は11月5日に行われる2023明治安田生命J3リーグ第34節、鹿児島ユナイテッドFC vs 奈良クラブのマッチデープログラムです。
日程表・順位表・テキスト速報
前回までの振り返り
2023年10月22日(日)2023明治安田生命J3リーグ第32節
vs いわてグルージャ盛岡 会場:白波スタジアム(鹿児島県立鴨池陸上競技場)
約2ヶ月ぶりの敗戦を経て迎えたホーム、いわてグルージャ盛岡戦。
6分、中盤のこぼれ球をいち早く拾った星広太がするするとボールを持ち上がるとペナルティエリア右側の端戸仁へ。さらにゴール前に入ったボールを藤本憲明が合わせるがGKに2度防がれる。
38分、岩手最終ラインから藤本がプレスでボールを奪ってGKとの1対1になりかけるが、クリアされる。
後半に入った49分にも米澤令衣が相手からボールを奪って1対1のチャンスを作るがシュートはGKが足で防ぐ。
岩手が裏へすばやくボールを送る場面でも、戸根一誓と岡本將成が隙を見せない。
スコアは0−0のままで動かない81分、星からパスを受けた戸根はひとつふたつ持ち上がると右サイド裏のスペースへ長いボールを送る。
途中出場の武星弥が一気に加速して抜け出す。
中央の鈴木翔大も劣らぬ勢いで駆け出す。
武がゴール前に折り返したボールを鈴木が合わせて鹿児島が先制。
84分、カウンターでボールを受けた鈴木はペナルティエリア前で左サイドの米澤令衣へ。
米澤がゴール前に入れたボールを、GKの眼前に飛び出した鈴木が頭で合わせて追加点。
89分、ペナルティエリア左外のFKで千布一輝が入れたボールに米澤が頭で合わせて3点目。
終盤の猛攻で3−0の勝利を飾った。
2023年10月29日(日)2023明治安田生命J3リーグ第33節
vs 福島ユナイテッドFC 会場:とうほう・みんなのスタジアム(福島県福島市)
強風が舞うアウェイで行われた福島ユナイテッドFC戦。
25分、福島陣内で得た直接フリーキックをすばやく再開すると、山口卓己がペナルティエリア内でゴール前に送ったボールを米澤令衣が合わせるがGKがキャッチ。
26分、左サイドバックの野嶽寛也が入れたクロスに五領淳樹が飛び込むがわずかに合わず。
29分、コーナーキックに米澤が頭で合わせるがGKが弾く。
30分、左サイドで米澤から野嶽へ戻し、右サイドバックから逆サイドへ出張する星へ。
星からのパスを受けた端戸は福島守備の動きを見極めて反転すると、利き足ではない右足で正確にコントロールしたシュートをサイドネットに決めて、鹿児島が先制する。
後半は1点を追う風上の福島が攻め続ける。
鹿児島はGK泉森涼太を中心に冷静な守備で対応し続ける。
さらに危機的な状況には前線の米澤や五領も戻ってきてクリアする。
74分の強烈なミドルシュートもコースを見極めた泉森の俊敏な反応で弾く。
78分には野嶽がゴール前に入れたボールを、最前線へ飛び出した星が収めるが、クリアされて古巣相手の得点はならず。
最後まで苦しい中を防ぎきった鹿児島が1−0で勝ち点3を得た。
大島康明 監督コメント(11月1日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
奈良クラブ戦に向けて
目の前の試合を取ることにすべてを懸けています
選手たちは目の前の練習から100%注いで、最終的に奈良戦を取るというスタンスは変わりません。
私たちは残り試合もありますが自分たちは向上することと、目の前の試合にすべてを懸けることに向けていければと思います。
奈良クラブは得点を取っている浅川選手がいますし、相手を引き出して背後のスペースを上手く使うチームなのでそこを注意しなければいけません。
攻撃があってはじめて守備もあるので、両面しっかり抑えたいです。
凄くコンパクトで前線の選手の守備も勤勉ですし、最後の1対1に負けないことに特化しています。
きれいに崩せないかもしれませんが、自分たちがやってきたことを保ちながら最後ゴールを割るために自信を持ってトライできるようにしたいです。
選手を起用する基準
もちろん選手個々のパフォーマンスもありますが、例えば前後の関係性、隣の関係性があり、それがつながった11人の関係性があります。
我々はベンチとかサブではなくゲームチェンジャーと呼んでいますが、ゲーム状況を動かせる選手なのか、頭から出たほうが活きる選手なのかも総合的に見て選んでいます。
上手い選手を順番に11人出しているわけではありません。
戦術的にどう機能するかが、漠然とした答えですが、それが考える基盤になります。
残り5試合でも向上する意味
選手個々の部分であれば、さらにレベルアップして欲しいと常々考えています。
チームとしてもさらに良い集団になることを目指さないと、右肩下がりになります。
この世界ですから勝敗の結果はありますが、プロサッカー選手という立ち位置の選手が日々良くなることを目指すのは必要なことになります。
結果どうこうではなくピッチはそういう要素を求めた結果、目の前の試合を取っていくものだと考えています。
一貫してそのスタンスでピッチに立っています。
広瀬健太 選手コメント(11月1日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
今は誰が出ても戦力が落ちることなく戦えています。
たとえ(出場停止の岡本將成選手に代わって)出るのが僕でなくても、常に戦力は保てたまま戦えると思うので不安はありません。
練習から100%120%できているからこそ、試合でもパフォーマンスが出せています
これを継続してやっていきたいです。
ここ2試合終盤に出ていることについて
まずはゲームを締める役割を与えられて出ています。
ここ2試合ボールをさわる回数は少なかったとしても、締めることを意識できたので良かったです。
プロサッカー選手として自分にベクトルを向けることが大事なことです。
チームが勝ってくれれば僕はかまいません。
出場機会が少ない状況で考えること
大島監督になってから常に自分にベクトルを向けています。
出れない時期は選手として難しい時期ですが、僕自身が考えていることとして、出ていない時こそ成長できるものです。
シーズンここまでを振り返って
振り返れば振り返るほど厳しいシーズンでしたが、こうして昇格争いができていることは自分たちの力でもありますが、サポーターの力、諦めない力が今この状況を生んでいます。
勝利を届けることで街に活気も生まれますし、最高の週末にすることが仕事です。
まず目の前の今週の試合を勝ちたいです。
端戸仁 選手コメント(11月1日トレーニング後の共同記者会見より抜粋)
福島ユナイテッドFC戦を振り返って
福島戦は難しいゲームでしたし、正直追いつかれてもおかしくないゲームでした。
そこで勝ち点1で終わるのと3で終わるのとでは全然違うので、最後みんなが耐えてくれて、3ポイントを勝ち取れてよかったです。
全体として少しいつもに比べるとボールを受けたがらず、すぐに蹴ったりするシーンがありました。
自分もですがもっと全員が受けに行く意識がないとボールは回っていきません。
そこで受けに行って失ったとしてもしょうがないことなので、何より逃げるプレーはなくしていきたいです。
難しい展開でもボールを受けてタメを作って、少しでもチームの攻撃の時間が増えるようになるともう少し楽になったはずなので、自分を含めて反省しています
どうしても勝ちたい気持ちが少し強すぎても、ボールを相手陣地に返さなきゃってなるので、そこで自分が間に顔を出してボールを受けて落ち着かせられると、自分たちの時間は増えるので、苦しい時こそもう少しボールを持てるようにしたいです。
シーズン終盤で大事なこと
やっぱりどうしても外からの声は聞こえてしまうものだし、少なからずプレッシャーはかかってきますが、何より自分たちの練習にフォーカスすることが大事なことです。
僕個人としては、先のことよりは目の前の練習とワンプレーを大切にすることを心がけています。
本当に試合に出ていない選手もすごく一生懸命にがんばっています。
少し温度差が出てくるチームもありますが、みんなが一生懸命がんばっている結果が出ています。
この雰囲気を大切にしながら、このメンバーでできるのもあと5試合なので1日を大切にしたいです。
僕自身は昇格は1回しか経験していませんが(2017シーズン、湘南ベルマーレにて)、その時もみんながまとまったチームでした。
誰1人、外に矢印が向かないようにやれているので、継続+少しずつでも上積みができれば結果が出てくると思います。
奈良クラブ戦に向けて
アウェイで対戦した時は点を取れなかったので、まず取りたいです。
このチームは先制すれば強く自信を持って戦えるので、毎試合先制点が大事になりますし、そのために試合の入りが大事になるので集中して入りたいです。
コラム「鹿児島をもっとひとつに。vol.18(Total vol.30)」
熱く爽やかに健やかに描かれる掛夢の軌跡と「燃ゆる感動かごしま大会」の3日間
トップ下の位置でボールを受けると相手のプレッシャーを軽やかなターンでかわして、右に左にボールを供給。
浮き球もさりげないタッチで近くの味方へパス。
再びボールを受けると、左足で打つと見せかけて密集地帯をすり抜けて、そのまま右足でゴール!
今度は遠い位置から左足のミドルシュートでゴール!
…どっち利きなんだろうと思っていると左利きのようです。
と書き連ねていると、どことなくユナイテッドの端戸仁選手と重なるところがありますが、今回の主役は鹿児島ユナイテッドFCの知的障がい者サッカーチーム「フューチャーズ」に所属する下鶴掛夢(しもづる かいむ)選手です。
10月28日から30日にかけて霧島市国分運動公園で行われた特別全国障害者スポーツ大会「燃ゆる感動かごしま大会」を終えたばかりの掛夢選手は人懐っこい笑みを浮かべながら、これまでの歩みを振り返ってくれました。
フューチャーズとの出会い
前回の当コラムに登場したキャプテン原良田龍彦選手と同じように、掛夢選手と弟の日楽選手も伊佐市の出身。
4歳年上の原良田選手は「小さい頃、いっしょに公園でボールを蹴っていたんですよ」と言いますが、本人は「そう言われるんですけど、憶えていないんですよね」笑。
地元のクラブチームで、小学2年生の時からサッカーをはじめます。
「小学校の時はサイドハーフとかやっていました。ドリブルが得意で、ネイマールに憧れていて」
中学校に進学してからも同じクラブチームで、やはり左利きあるあるかもしれませんが、サイドバックも経験したりしながらサッカーを続けます。
中学3年生の時に所属チームが阿久根市のパルティーダ、中原秀人選手やユナイテッドOBである中原優生さんを輩出した強豪クラブに統合されたことで、レベルの高いサッカーを経験するようになりました。
そしてもうひとつ大きな出来事が、知的障がい者サッカーチーム「鹿児島ユナイテッドFCフューチャーズ」の創設。
当時の掛夢選手にとってユナイテッドは、そこまでなじみのあるものではありませんでしたが、3歳下の弟、日楽(ひら)選手がフューチャーズ監督の泉谷さんが教える学校に通っていて、その流れで誘われていっしょに参加することになったのです。
「土のグラウンドで練習することが多かったんですけど、フューチャーズは人工芝とかいい環境で練習できるのが多かったので、それもあって入ってみようかなって」
中学生でまだ公式戦に出場することはできませんでしたが、週末の練習試合などにも積極的に兄弟で参加して、年上の選手たちといっしょにサッカーをしていました。
進路は迷うことなくサッカー部が強い鹿児島高等特別支援学校へ進学。
サッカーと勉強、就職をしっかり考えた上での判断でした。
特別支援学校とフューチャーズの両方で飛躍する
学校では全国大会常連のサッカー部で月曜、火曜、水曜、木曜と練習。
金曜夜はフューチャーズで大人たちに混じって練習。
週末はフューチャーズや部活でその時々に応じて活動。
さらにフットサルにも手を出すというか足を出すというか、とにかく掛夢選手はあちこちで忙しくボールを蹴りまくり、高校1年生から2年生になる頃には徐々に身体も大きくなってきて、サイドからドリブルで中にカットインしてのゴールを積極的に狙います。
さらに中学3年生の時に違うポジションを経験したことで得た課題を克服するために、コツコツと努力を重ねていきました。
「その頃にボランチをしていたんですけど、左だけじゃ結構展開するのが難しくて、右足使えないと結構不利だなと思って」
誰に言われるでもなく、自分でそう感じて。
右足でボールを扱う練習をずっと続けた結果、シュートのように強く蹴る時には左足の方がいいという感覚はありますが、右足でのプレーもさほど苦にしない水準まで向上させました。
右足でも蹴れるようになるというテーマを自分で設けると、着実にそこへ向かっていく。
掛夢選手はそうやって、部活でもフューチャーズでも頭角を表すようになっていきます。
フューチャーズでは、健常者の鹿児島県社会人リーグである「さつま揚げの薩摩家カップ」で、コーチたちも交えてレベルの高い場所でプレー。
知的障がい者の大会としては、ジヤトコカップのような全国から集まる大会や九州リーグなどに出場。
この頃にはトップ下でのプレー機会が中心になっていきました。
その頃には「日本代表」も現実的な目標として描き始めていました。
とはいえ鹿児島では、フィールドプレーヤーでは原良田龍彦選手がただひとり代表候補合宿に参加できている、それが現状でした。
「(原良田選手は)フィジカルがすごくてシュートのパワーもあって、すごくレベルが高い選手だって思いました」
中学3年生、高校1年生の頃は遠い存在だった原良田選手のいる世界が、手の届かない場所ではない、届きうる世界なんだと感じられるようになっていました。
世界の舞台を知るチームメイトと日常的に接することで、具体的な距離感を体感できる。
フューチャーズというチームがあること、原良田龍彦という先駆者がいることで、掛夢選手に限らず鹿児島の知的障がい者サッカーのレベルはめきめきと上がっていました。
2022年6月、鹿児島から原良田龍彦選手のほかに原田康太、福原碧人の3人が参加する予定だった世界選手権が中止になり、代わりにフランス国際親善マッチが行われました。
その後、栃木県で行われた全国障害者スポーツ大会「いちご一会とちぎ大会」では初戦敗退という悔しい思いをしますが、12月に行われた「全国知的障がい者サッカークラブ選手権~ジヤトコカップ2022~」では先輩Jリーグクラブである横浜F・マリノス フトゥーロや静岡県選抜に勝利して、初めてのタイトルを獲得。
3試合で6ゴールを決めた掛夢選手が得点王とMVPに輝きます。
部活としては最後の舞台になる2023年2月に行われた「もうひとつの高校サッカー選手権2022」にキャプテンマークを巻いて出場。
「取れると思っていたし、取るつもりで挑みました」
フューチャーズのスタッフでもある古薗功詞郎さんが外部コーチとして課す、ハードなメニューにしっかりと向き合ってきたことが自信の土台となっていました。
大会では接戦もモノにして鹿児島として初めての決勝進出。
決勝でも掛夢選手のゴールなどで3-0で初優勝を達成して、最高の形で高校生活を締めくくりました。
「もうひとつの高校選手権2022」は鹿児島県立鹿児島高等特別支援学校が初優勝|JFA|公益財団法人日本サッカー協会
燃ゆる感動かごしま大会で彼らが示したもの
高校を卒業して幼稚園に就職した2023年、やはり目指すのは地元開催となる「燃ゆる感動かごしま大会」の優勝でした。
現役高校生も含めて選手全員がフューチャーズ所属として迎えるかごしま大会。
指宿市山川での強化合宿、会場である霧島市国分運動公園で1回戦と同じ時間にキックオフするトレーニングマッチなど、できる限りの準備をして本大会に臨みます。
「去年の栃木大会で負けてから、1年間ずっと優勝を目指して準備してきたので、結構自信はありました」
10月28日の1回戦。
やや日差しの強いバックスタンド側には多くの観客が集まっていました。
中には鴨池で振っているユナイテッドの大旗を持参するサポーターも。
1回戦の対戦相手、北海道・東北代表の札幌市は、大会前に行われたジヤトコ杯で敗戦していた相手であり、日本代表経験者も擁する強敵です。
押し込まれる序盤。
30分ハーフの短期決戦では、先制点が大きく響きますが、鹿児島の選手たちは懸命に耐え凌ぎ、札幌市の攻勢をひと通り受け止めきると、徐々にリズムをつかんでいきます。
そして―――
右サイドの突破から札幌ペナルティエリア内に入ったボールは、札幌市がクリアしきれずに、こぼれます。
そこに現れたのは…掛夢。
すばやくボールを収めると、左足を振り切ったシュートがネットを揺らして鹿児島が先制!
掛夢は一気に大歓声に包まれたバックスタンドの観客席へ駆け寄ります。
「やばかったです。自分的にも鳥肌立ってたし、ホームだったし、1点目っていうのもあったんで」
次々と駆け寄ってくるチームメイトの祝福を受けながら、両手を脇に挟むフランス代表エムバペのポーズを披露。
「コーチと“ゴール決めたらなにする?”って話をしていたんですけど、決められなくて。その場の思いつきで」
掛夢のゴールで会場とチームが一体となって勢いに乗った鹿児島は後半、日本代表ボランチ福原碧人のミドルシュートで追加点。
さらにサイドハーフの梛木夏樹が俊足を活かして、裏に抜けてのゴールで3点目。
途中からサイドに入った弟の日楽も、あわやの場面を作って会場を沸かせます。
鹿児島は1回戦を快勝し、準決勝進出を決めました。
そして観客席では、試合途中から幼稚園児の姿があり、最前列まで出てきた園児たちが「かいむせんせー」と呼びかけながら、小旗を振っていました。
試合後、掛夢は職場の幼稚園に通う園児や先生たちと交流しながら「みんなにサッカーをする姿を見せられてよかったです」と次への気持ちを新たにしていました。
「燃ゆる感動かごしま大会」知的障がい者サッカー競技1回戦(10/28) – 鹿児島ユナイテッドFC オフィシャルサイト (kufc.co.jp)
10月29日、準決勝。
対戦相手は5連覇中、6連覇を目指す関東代表の東京都。
1回戦よりもさらに増えた観客の前ではじまった試合は、東京が落ち着いたボール回しで鹿児島陣内へと攻め込みます。
鹿児島がボールを奪ってもなかなか前線の掛夢たちがボールをキープする時間を作れません。
前半8分、ゴール前でこぼれたボールを押し込まれて東京が先制。
21分にセットプレーから東京が追加点。
絶対王者を相手に前半で2点のリードを許した鹿児島。
「やっぱり勝てない」と気持ちが萎えて、ずるずる失点を重ねても仕方のないことでしたが…
「壮行会の時とか(フューチャーズ総監督の)西さんが“苦しい時こそ上を向いて、鹿児島の空を見よう、それを見てまたリセットして”みたいなことを言われてたので、点を決められてから1回、みんなで声をかけて、空を見て切り替えられました」
ここからの約40分、鹿児島は東京相手に一歩も引くことなくボールを奪うために走り続け、奪ったボールをどんどん前線へ送り、掛夢もチャンスを作って…。
最終スコアは0-2。
お互いに一歩も引かない激戦の末でしたが、鹿児島が敗戦しました。
優勝の道は途絶え、最終日は3位決定戦に回ることとなりました。
「東京に負けた後みんな泣いてたんですけど、もう自分も点を取れなくて悔しくて涙が出ました。ゴールにはこだわる方でしたから。でも負けた日の夜から、もう3位決定戦のことに意識を変えて、もう絶対メダル取って最終日終われるようにって自分も、チームみんなとしてもそんな感じでした」
キャプテン原良田も「負けた結果は変えられないから、絶対に3位決定戦を勝つ」と、気持ちを切り替えています。
彼らの真っ直ぐな情熱はいささも衰えていませんでした。
「燃ゆる感動かごしま大会」知的障がい者サッカー競技準決勝(10/29) – 鹿児島ユナイテッドFC オフィシャルサイト (kufc.co.jp)
そして30日、三重県代表との3位決定戦が行われるのは陸上競技場からさらに坂を登ったところにある多目的広場。
鹿児島高等特別支援学校の後輩たちや、他の学校の生徒たちも応援に駆けつけ、すぐ近くで700名もの観客が見守る熱気に、会場は包まれていました。
試合前に円陣を組んだ選手たちは昨日2失点目を許した時のように、全員で上を見上げて、ふるさと鹿児島の空を心に刻んで、そして試合に入りました。
序盤からスタンドの大声援を受けた鹿児島が優勢な展開。
日本代表経験のあるGK原田康太、前線から左サイドバックに転向したキャプテン原良田龍彦を中心にディフェンス陣は危なげなく守り、ボールを奪い、前へ供給します。
1回戦に続き、梛木夏樹のゴールで鹿児島が先制!
咆哮しながら観客席のほうへと梛木は駆け寄り、ハーフウェイラインを超えてGK原田たちも駆け寄って、一体となってゴールを祝福します。
直後にも梛木がペナルティエリア前から豪快なシュートを決めた、跳躍してクリスティアーノロナウドをやった!と思いきやオフサイドで取り消し。
それでも鹿児島の勢いは衰えません。
前半終了間際に梛木のパスを受けた掛夢はドリブルでペナルティエリア内に侵入すると、踊るようなステップとボールさばきでGKとディフェンスをかわして、そのまま右足でゴールへ流し込みます。
「大会前の金曜日にスタッフを交えて紅白戦をやった時に決めたイメージがあって、そのままイメージ通りでした」
イメージ通りのゴールだけれど、今回もゴールパフォーマンスは用意しておらず、それでも高々とジャンプしながら拳を突き上げました。
後半、高い位置でボールを受けた掛夢は「GKが前にいるのが見えていたから」と頭上を狙ったシュートを打ち、三重GKの手は届いたけれど、防ぐまではいたらず、鹿児島が3点目!
ゴールを決めた掛夢は後輩たちの前に駆け寄り、そしてカメラに気づくと、カメラ目線の“エムバペ”ポーズ。
大歓声に包まれた鹿児島は、大量リードにも緩んだ姿は見せません。
フューチャーズでもほとんど出場機会のなかった選手は、前後左右に走り回りながらセカンドボールを回収して、大柄な相手にも恐れず立ち向かい続けました。
能力は高いけれど、うまくいかないと気持ちが途切れがちだった選手たちはこの3日間通して、最後まで相手ボールに食らいつき、球際ではマイボールにしようと懸命に足を伸ばし続けました。
大会前まで別メニューで調整していた選手は、それでも3日間、身体を投げ出して相手のチャンスを潰し続けました。
ベンチの前では来ないかもしれないけれど、いつ出番が来ても対応できるようにアップを続ける控え選手たちの姿がありました。
日本代表経験のあるキャプテン原良田、福原、原田たちは終始隙のないプレーを披露し続けました。
飽きることなく3点目4点目を狙う掛夢はトップ下から前後左右に動きながらボールを受けてはさばき、決定的な場面に顔を出し続けました。
ボールをつなぐ、運ぶ、シュートする、ボールを蹴り出す、走る、諦めない、カバーする、ピッチに立った11人が最高の集中力でプレーし続けてました。
3日間の間に、この1試合の間にも進化する鹿児島代表、鹿児島ユナイテッドFCフューチャーズの選手たち。
試合が終わるのが惜しまれるほどに、たくましいプレーを見せ続け、全国3位を勝ち取るホイッスルを迎えました。
「目指すのは優勝だったので納得はしていないです」
それでも3日間で3試合を戦い抜き、3位のメダルを獲得した鹿児島代表の選手、スタッフは大きな笑顔でかごしま大会を終えました。
※11/1泉谷光紀監督 総括追記「燃ゆる感動かごしま大会」知的障がい者サッカー競技3位決定戦(10/30) – 鹿児島ユナイテッドFC オフィシャルサイト (kufc.co.jp)
楽しい夢が描かれる未来たちへ
サッカーチームとしての活動にオフはあっても、仕事のオフが重なるとは限りません。
大会を終えた翌日、掛夢選手はいつものように職場で仕事をしていました。
高校1年生の時に企業の面接会があった際に、唯一参加していた幼稚園の面接を「子どもたちと遊ぶのが好きだから」と受けた掛夢選手は高く評価され、2年生から研修として幼稚園に通い、高校を卒業した今年、就職しています。
自動車免許は取得中なので、バス通勤。
園内の清掃をするほかに、室内外で先生のサポートとして子どもたちといっしょに過ごしている日々に充実しています。
そしてサッカーのほうでも、今年から福原選手とともに日本代表候補に入り、強化合宿に参加しています。
技術、フィジカル、戦術理解、あらゆるところで日本代表のレベルの高さは感じていますが、やっていけないレベルではないという感覚もあるようです。
まだキャリアははじまったばかりで具体的なイメージではありませんが、いつかは「指導者として子どもたちにサッカーを教えたい」という願いも抱いています。
掛夢選手は、未来への希望に満ちていました。
フューチャーズが発足して5年目になりました。
唯一の代表経験者である原良田龍彦選手がキャプテンとして精神的支柱として牽引してきたチームは、指導者たちが辛抱強く選手たちを信じて成長をうながしてきた今、原良田選手とともにチームを支えるべき第2第3の柱が着実に育まれています。
下鶴掛夢や福原碧人はその象徴と言えるでしょう。
また他の選手たちも支えてもらうだけでなく、1人1人が自立した選手として、それぞれの個性を活かしてチームを支えられる存在へと成長しています。
かごしま大会の3日間で選手たちが見せた姿は、その良い流れがより確かなものになっていることを感じさせてくれるものでした。
チームが発足したばかりのころ、フューチャーズ総監督で日本代表監督でもある西眞一さんはフューチャーズがめざす理想のことを「30年後40年後かもしれないけど」と前置きしながら、やさしく語ってくださいました。
「フューチャーズの選手たちが健常者と変わらず、健常者のチームでプレーするようになっていって欲しい。そしてフューチャーズは今いる選手たちより、もっと重い障がいがある選手たちの居場所になっていって欲しい」
その未来では、ひょっとしたら原良田龍彦コーチが鹿児島ユナイテッドFCフューチャーズの指導者を務めているのかもしれません。
掛夢先生が、鹿児島ユナイテッドFCのスクールに通う子どもたちにサッカーの楽しさと基礎を教えているのかもしれません。
そのことを保護者もサポーターも選手も子どもたちも誰も彼もが、なんの違和感も抱くことがない未来。
「原良田コーチは悩んでいる選手のことにもよく気がついてやさしくしてくれるコーチ」
「掛夢コーチはむちゃくちゃ上手くて明るくて子どもたちの心をつかむのがうまいコーチ」
ただそれだけの存在になっている未来。
今のフューチャーズを通して浮かんで来る未来たちはとても明るく、掛夢選手も未来への希望に満ちていました。
追記
11月4日、下鶴掛夢選手は19歳になりました。
お誕生日おめでとうございます!
これからも掛夢選手とそのまわりにたくさんの笑顔があふれることを願っています!